【②】を投稿してから随分と日数が経過してしまいましたが、ちゃんと生きています(^^;
どんどん進むよ認知症
昼夜逆転については相変わらずでしたが、そこへ「幻覚・幻聴」が追加。あ~も~やってられない。父と無理心中したいくらい。これではいずれ、ご近所からクレームが殺到して、このアパートを追い出され、親子でホームレスになるんだ。もう人生詰んだ・・・と絶望の日々。それでも介護離職は踏み止まっていましたが。
幻覚を見るのは毎日のこと。常に細かい黒い虫が部屋を這っており、それを払いのける動作をしていました。ある日は「天井に蛇がいた」、「玄関に誰か、二人いる」「猫がこっちを見ている」などなど。こうした場合、「否定してはいけない」と言う意見、「間違いは指摘しましょう」と言う意見の両方があり、あたしゃど~したら良いんだよ~と困りました。が、結局「私には何にも見えません。お父さんにしか見えないんだよ。」と言っていました。それが正しい対応なのか否かはともかく。
幻聴は、今思えば引越し前・・・。私は何も言ってないのに急に振り向いて、「なんだ?」と聞きます。起きているときでも、寝ているときでも急にそんなことを言ってくるから「何も言ってないよ?」と、その都度 答えていましたが、ある夜。入浴中の私の所まで来て、「何の用だ?」とちょっと怒っているような感じで言われたこともありました。もちろん呼んでいません。耳が遠くて片方は完全に聞こえないのに、幻聴はあるんですねえ。これって結局、脳に問題がある、つまり認知症だからなのかな。
引っ越し後も相変わらず聞こえるようで、ほんと疲れるしめんどくさかったです。父に対して怒ることはしませんでしたが、メンタルは沈む一方。怒る気力もないわ。
もう限界です
そんな日々を過ごして、私は身も心も崖っぷちでした。船越さんと犯人が対峙する場面が浮かびます・・・。そしてついに、「もう限界。助けてください。」を白旗を揚げました。その「限界」を感じたのは・・・。
その日、夜が明ける前のまだ薄暗いうちです。父が下から叫びました。「お~い、降りてこれんか!」と。何の用事か知りませんが、そんな時間に大声を出されてびっくりし、飛び起きて玄関を出ようとしたところ、今度は「ちょっとすみませんが、お尋ねします。うちの娘を見ませんでしたか?」と、これまた近所に丸聞こえの音量で!もちろん誰もいません。幻覚です。父には誰かが見えているのです。私は慌てて階段を降り、父の部屋の玄関を開けたと同時に衝撃の光景。
父が窓際に居て(窓は開いていた)、座った状態から後ろに倒れて転落。その落差だいたい30~40cm。表へ転がっていったのです・・・。私は固まりました。でもさすがにお隣さんが出てきて、我に返った私は救急車を呼び、父は搬送されたのです。幸いなことに、頭頂部をちょっと擦りむいたのと、軽い打撲だけでした。体の方は割と頑丈な父・・・
でも、この時の看護師の対応は冷たかったように感じました。自宅から救急車で運ばれたわけですよ?お帰りくださいと言われても、私だけなら歩いてでも帰れますが、父を運ばなければなりません。徒歩なんて無理。車もない。衣服は汚れていて脱がされ、病衣の状態。これで帰れと?「どうやって帰るんですか?」と聞かれました。どうもこうもないですよ(怒)冷静にならねば・・・
「着替えの用意とタクシーの手配しますので、その間、ここで父に待ってもらっていても良いですか?」と聞いてみたのですが、「時間はどのくらいかかるんですか?」と明らかに迷惑そうな態度。
自宅まで徒歩30分くらいなので、1時間以内には何とかしますと答えましたが、その看護師「返さなくて良いですから、これを使っても良いですよ。」と、トレーナーとズボンを提供してくれました。が、この態度は嬉しくない。ま、とりあえず、後はタクシーを呼ぶだけなので、とっとと帰りましたよ。病院にしてみれば、治療の必要のない人間に用はないのでしょう。一刻も早く、出て行って欲しかったんでしょうね。気分悪いっ!
で、お言葉通り衣服は返しませんでした。帰宅後すぐに捨ててやったわ。私に仏心があれば、新品を購入して病院へ届けたと思いますが、「そこまでしてやることはない。」とダークサイドに落ちていたので感謝の気持ちなどあるわけもない。
帰宅後は何もなかったかのように朝食をすませましたが、私は限界を感じていました。今後もこのような事態になれば、もう仕事どころではありません。介護離職し、親子共倒れ、無理心中でローカルニュースになるのがオチ。一時期、もういいや、死んだ方がマシかもしれないと思っていたくせに、何とか生き延びて生活する道を模索するのです。気持ちが安定せず、揺らいでばっかり。
入院
デイでお世話になっている事務所へ電話しました。受付時間外だったので留守電に「もう私一人では無理です。助けてもらえませんか・・・」と入れました。そしたら有難いことに、その日の午前中にケアマネと職員の方が訪問、話を聞いてくれました。そして「社会的入院」という手段があると知ったのです。必ずしも受け入れてもらえるとは限りませんが、可能性があるなら縋るしかありません。居住地により管轄の医療施設が決まっているので選択の余地はありませんでしたが、例え少々遠くても、私が安心して仕事に行けるなら不満は言えません。
ケアマネに付き添ってもらってその病院(精神科)へ父を連れて行き、診察の結果、受け入れてもらうことになりました。これで、とりあえず夜は静かに過ごせるようになりました。でも心配は尽きることなく、入院後4日ほどした日に悲しい事も起こってしまうのです。
続きは、また後日。
コメント